井伊直政 - 戦国武将プロファイル(BASARA)【用語集】-

井伊直政とは

徳川氏の五か国領有期から江戸初期の家康の重臣。

直政の主力は武田氏旧臣で、兵具を赤色としたので井伊の「赤備」として有名。

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井伊直政に関する質問

「徳川四天王」って。。。?徳川家康の時代、家康の功臣として「徳川四天王」なる4人の武将がいましたが。。。この4人とその子孫の家系についてですが。。。Q1:徳川には「四天王」の他に「三傑」もいます三傑は井伊直政・榊原康政・本多忠勝でそっくり四天王なのに何故、四天王の酒井忠次だけ外れているのでしょうか?井伊・榊原・本多と酒井では何か違いや隔たりがあったのでしょうか?Q2:四天王の家系は江戸時代に「譜代大名」になりますが、江戸時代には酒井・榊原は15万石くらい(譜代としては大大名)なのになぜ本多だけ5万石の小大名なのでしょうか?Q3:徳川四天王の家系は酒井・榊原は15万石くらいですが井伊は35万石の大大名で譜代筆頭とされていますなぜ井伊がずば抜けて大身なのでしょうか?
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おはようございます。まっしーです。(^_^)よろしければ、ご自由にコメントをどうぞ。さて、今日の歴史雑学は『ゆるキャラ』の中でもトップクラスの人気を誇るひこにゃんと、徳川家康の浅いんだか深いんだか分からない関係(笑)を書いてみます。(^_^)以下は長いので、お時間とご興味のない方は遠慮なくスルーなさって下さい。尚、以下に記す内容以外にも諸説ある場合もある事を予めお断りしておきます。また、本文中は敬語を省略します。徳川家康が江戸に本拠を移した後日のこと…井伊直孝(いい・なおたか、徳川四天王の一人、井伊直政の次男)が、ある寂れた寺の前を通りかかると、一匹の猫が手招きをしている。直孝が招きに応じて寺に入って暫くすると急に激しい雷雨となった。直孝は難を逃れて雨宿りができた事を、素直に猫に感謝した。更に縁があって、その時に寺の住職と懇意になった直孝は、この寂れた寺を菩提寺に指定。以降、この寺は井伊家の寄進もあってか、立派な寺となって現在に到っている。この寺が現在の東京でも有名な世田谷の豪徳寺。そしてこの時の猫は井伊家においても特別な存在となり、招き猫伝説発祥の有力な一説となっている。※井伊家の招き猫は白猫。必ず右手をあげている。※直孝は後に家康の命によって近江(現滋賀県)彦根藩の二代目藩主となった。※井伊家は当時の名誉である『赤備え』(赤で武具を統一すること)を家康から許されていた。こうした要素が400年もの時を超えて、伝説の招き猫を『ひこにゃん』として現代に甦らせた。尚、ひこにゃん人気で彦根を訪れる観光客も増え、またもや招き猫としての神通力を発揮しているという…(^_^)今朝の歴史雑学はいかがでしたか?ひこにゃんがその名の通り彦根のゆるキャラなのも、白猫なのにも、赤い兜(デザインは初代・直政にそっくり)にも、こんな理由があるんです。今日は初夢や門松ほど直接的ではありませんが、間接的に家康が絡んでいる縁起物を書いてみました。(^_^)bでは今日も皆さんの1日が素敵なものでありますように。HAVE A NICE DAY!(^^)vまっしー
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